上昇する無数の白い泡
視界をさえぎっているのは、無数の白い泡たちです。
大小さまざまな空気の泡が僕の体を取り囲んで、われ先にと上昇していきます。
泡の行方を追って、僕も上昇しようとします。泡を生み出したのはこの僕であり、泡も僕も上昇しようとする習性はまったく同じはずです。
クオリア・・・すべての記憶を鮮明にする夏休み。少年の日の僕が、飛び込んだのは足もつかない深い滝つぼの中でした。
根っからの静かな反抗者なのでしょうか。先生の目を盗んで幼稚園をよく脱出していたこともある僕です。学校の勉強が大嫌いだった僕は、夏休みの宿題などそっちのけで毎日通っていた場所が、近所の川原でした。
偏平足で不恰好な足の裏が、高い場所にある岩をしかっかりとつかんで、太陽の熱を吸収しているのが分かります。焼けるように熱いのです。期待する仲間たちの純粋な眼差しにみつめられ、ドキドキと脈打つ鼓動。その直後、勇気をふりしぼって足をけり、重力に体をあずけるだけでした。
水面へ顔を出して浮き上がる。と、深い森の中で乱反射する蝉の鳴き声に混じって仲間たちの歓声がこだまします。視界も音もない世界から現実世界へと戻れたことに、とてつもない達成感を感じたものです。
少年とは単純なもの。できるだけ高く、できるだけ遠くへ。勇気をみせられる人間が僕らのヒーローでした。
ところが上海の街角。夏休みだというのに、遊び回る子供たちの姿をみかけません。
あの日の少年たちはどこへ行ったのだろうか。そもそも、この都会に、少年たちが小さな勇気をみせられる場所はあるのだろうか、とさえ思うのです。
少年たちの声も聞こえない静かな上海の夏です。