四十雀の囀り日記

路上をゆるりと歩いたり、時に疾走したり。2004年から中国で暮らし、16年秋に13年ぶりに帰国しました。

2006-01-01から1年間の記事一覧

むしろ切れる刃物は人を傷つけない

その異常なほどの鋭さは、少年の僕にもひと目見ただけで分かるものでした。刺身包丁のように、白く光る鋭利な鎌。刃先に沿ってそっとやさしく手を触れただけで、細く深い傷口がパカッと開き、そこから音もなく鮮血が脈打って流れ出てきそうなイメージにとら…

雨の日は好きですか?

高層ビルから発っせられたネオンの艶やかな光が突如掻き乱され、どす黒く汚い世界へとまた逆戻りしてしまいました。 僕はスーパーへ買い物に向かう途中、交差点で立ち止まり、道路の真ん中にあった水溜りに映る上海の夜の光をみつめていましたが、信号が青に…

アフリカの大地に信号機付きの横断歩道

春先から部屋のベランダに置いて育てていた、観葉植物が枯れていました。緑色の水脈がみえていた生き生きとした葉はいつのまにかカラカラに干からびて白くなり、埃だらけの白いコンクリートに同化しているようでした。 僕が水をやらなかったせいでしょう。僕…

河童の川流れ

「隊長!大変であります。かっ、かっ、河童が流れてきました!」隊員たちの尋常でない声が、川面の波を振るわせた。僕は急いでその方向へ目を向け、まだ遠くにあったその物体を凝視した。 もう10年以上も昔のことだ。インドネシアはカリマンタン島。深いジャ…

沈黙という言葉

何かをあなたに伝えようとして、シーとやさしく唇を押さえられる。 まだ言葉にしないで欲しいと、沈黙という言葉で教えてくれる。 たったいま僕の唇の筋肉まで脳から命令が来て、空気の振動に形を変えようとした気持ちをもっと大切にしてほしい。軽はずみに…

景徳鎮の月

中国の国慶節(建国記念日)の長期休暇を利用して、2日から5日までの4日間、陶磁器の産地として世界的にも有名な江西省の景徳鎮を訪れました。そこで陶芸をしている日本人の友人たちに会うためでした。 上海から寝台列車でおよそ15時間。1日の午後1時に…

僕の彼女は「綾波レイ」

仕事を終えて、バス停に向かうと、中国人男性の同僚がそこにいました。オウっと互いにあいさつを交わし、どこへ向かうのかとたずね合います。彼は、友人たちと日本料理店で食事をするとのこと。 営業部にいる新人の彼とはほとんど話す機会もなかったので、せ…

あなたは象のよう

あなたは黒く小さい。象のように長いお鼻がとても素敵です。 トーストの朝。寝ぼけた頭でお湯を沸かしながら、僕は簡単な朝食を作り始めました。冷蔵庫の扉を開けて、バターを取り出します。 レンガのような形をしたバターを包んである紙を捲ると、そこにい…

いつもと違う道にある甘い香り

この世界でどんな香りが一番好きなのかと聞かれれば、金木犀(キンモクセイ)だと僕は答えていいのかもしれません。 きょうの夜、いつものように午後7時に仕事を終えた僕は、1週間前に新しく買ったばかりの自転車に乗ってスーパーへ向かいました。何気にい…

オレンジ男の嗚咽

泣いていました。その若い男は、嗚咽していました。 嗚咽の中で、誰かの名前を叫んでいます。仲間の名前なのでしょうか。 今週に入り、上海もだいぶ涼しくなっています。今も、アパート近くの植え込みから聞こえてくる秋虫の声が心地よく響いています。きょ…

晩夏の悪臭を放つ上海の路地裏

湿気を帯びた生臭い空気が、むっと地面から立ち昇ってきて、鼻の奥を刺激します。そんな時僕は吐き気を覚え、上海という街に対して罵りたくなるのです。 夕立上がりの上海の路地裏。ここには、晩夏を迎えた季節の情緒など微塵もありません。 食べ残された米…

ずっと深く

掘る。土を掘る。 小さな石ころが出てくる。こぶしでたたいてみる。硬い。泣きそうになる。 さらに掘る。 大きな岩盤にぶち当たる。手ごわい。 もっと掘ってみる。 マグマが出た。熱い。やけどしそう。そんなに怒らないでほしい。 でも、あきらめないでずっ…

上昇する無数の白い泡

視界をさえぎっているのは、無数の白い泡たちです。 大小さまざまな空気の泡が僕の体を取り囲んで、われ先にと上昇していきます。 泡の行方を追って、僕も上昇しようとします。泡を生み出したのはこの僕であり、泡も僕も上昇しようとする習性はまったく同じ…

ありがとう。

数日前、久々に某日本料理店に行き、刺身や寿司にがぶりつきました。こちら上海の日本料理は、日本本土より相当高かったりするので、出費分だけはちゃんと取り戻そうと少々食い意地が張ってしまいました。翌早朝4時ごろ、腹部の激痛で目が醒め、トイレに駆…

慟哭の夜 序章

冷たい大粒の雨が病室の窓を激しく叩きつけていた夜だったそうです。 1971年2月1日午前1時。私がこの世に産み落とされた日です。私を産んだ女はひとり、濡れた窓からはてしない闇をみつめていました。女の冷たい涙は、黒い濁流となって病院の下水道へ薄汚…

現実とリンクする夢

多くの人がみる夢って、現実とぶつかって破れるものかもしれない。でも、現実とぶつかり“リンク”して、夢がもっと膨らむってことだってある。 きょう早めに仕事を終えた僕は、自転車に乗ってある小さな靴屋の前を通り過ぎようとしました。けれど一瞬、その店…

お前にはまだ早すぎる!

「ダメだ!お前はまだそんなものに手を出しちゃいかん」。僕は愕然として叫びました。 女子「だってよっしー部長、これが効くんです」 僕「しかし、お前には10年早すぎるぞ」 女子「でも私、10代の頃からやってま〜す」 僕「・・・」 僕らが働いているビル…

夏の遠い花火

僕の故郷、信州の夏のある夜。ドドーンと、くぐもった重低音が部屋を微かに揺らして、テレビの音声さえ消してしまいます。 「どこかで花火が上がってるなぁ」と家族の誰ともなくつぶやくと、いままで夢中になってかぶりついていたお笑い番組がとてもつまらな…

知らない街角で

初めて訪れる街や道では、いつも何か新しいものを発見してうれしくなるものです。上海はとても広く、僕にはまだまだ足を踏み入れたことがない場所がたくさんあります。 この前、日本から来た友人を連れて、知らない道を歩きました。途中、夕食を食べようと入…

職人の道具

鉋(かんな)をご存知でしょうか。 男性なら、中学の技術工作の授業で木材を削るときに使ったことがあるかもしれません。この鉋を木材の表面を引き寄せるように走らせると、鉄の歯が木材を薄く削り取り、鰹(かつお)の削り節みないな木の薄い破片が出てきま…

上海雲南会です!

ここ上海で、雲南に興味のある人やゆかりのある人が定期的に集まる会が動きだしました。その名も「上海雲南会」です。そのまんまで分かりやすい。幹事は、上海と昆明と両方に留学経験のある川村くんがやっていただけることに。 初日の1日夜、古北の居酒屋に…

青空の一点

雲ひとつない青い空。 その一点をみつめていると、青はどんどん濃くなり、そのうちに気のせいか黒くみえることがあります。青空の一点にわずかに発見できる青空の“黒さ”は、きっと宇宙の暗黒の黒さなんだろうと、僕は勝手に思っています。宇宙と地上との間に…

ブラジルと銃とサッカー

空高く蹴り上げたぼろぼろのサッカーボールを、弾丸で打ち抜く。 そんなシーンからストーリーが始まるブラジルの映画を観ました。ちょうどW杯の日本対ブラジル戦の数日前のことです。 会社の後輩から借りてきたDVDは、『CITY OF GOD』。リオデ…

先走るキーボード

今回の日記は、素直に書いちゃおう。飾らずに素直に。 僕はもう文章を書いて10年になります。それなりに文章を書く技術は磨いてきましたが、最近はキーボードが先走るようになってきてしまったのです。「キーボードが先走る」って何でしょう?今回は飾らず…

暗闇から

会社の同僚たちと酒を飲んだ後、夜11時ごろに帰宅しましたが、思いがけない暗闇の中で、僕は仕方なくベッドに体を横たえました。 外からは時折、2、3人の子供たちがふざけあっている声が聞こえてくるだけ。上海の夜はこんなにも静かで、こんなにも安らかだ…

僕らの宝物

「人間の宝物は言葉だ。一瞬にして人を立ち直らせてくれるのが、言葉だ。その言葉を扱う仕事に就いたことを、自分は誇りに思おう。神様に感謝しよう。」(『女流作家』奥田英朗著) 昨年の春、日本の友人が中国昆明にいる僕のところまで贈ってくれた小説の中…

神は皺に宿る

大きく見開かれた右目です。右目の目尻の下。長さ7ミリほどの細い線。彼女の皺に気づいたのは、ちょうど一週間前のことでした。 昼時。僕らは、ご用達の安い食堂に入りました。ラーメンを食べる彼女の顔をふと見てみたら、いままで目立たなかった目尻の皺が…

噴水にはしゃぐ日曜日

台風1号珍珠が過ぎたら、上海はぐっと暑くなったようです。南の暖かい空気を運んできてしまったのでしょう。日曜日の午後、用事を終えた僕は市の中心にある人民広場に立ち寄りました。気温は30度を超えています。じっとしていても汗がにじみ出て、Tシャツが…

世界の片隅で「○×△」と叫ぶ

きのうの夜は、アパート近くの台湾料理屋で、2ヶ月ぶりに会った日本人の友人と2人で台湾ビールを飲みながら語り合いました。彼も昆明に留学していた仲間で、3ヶ月前から上海にある日系企業の工場で働きはじめています。僕らは仕事のこと、上海のこと、女の…

100年後の世界

100年後の世界に、僕は存在しない。 これを読んでいるあなたもいないだろう。土の中に骨ぐらいは残っているかもしれないが。いまこうして生きているのはなぜだろう?何のために?と問うのは、子どもと、子どものような僕と、哲人になれない哲学者だけ。 …