四十雀の囀り日記

路上をゆるりと歩いたり、時に疾走したり。2004年から中国で暮らし、16年秋に13年ぶりに帰国しました。

オレンジ男の嗚咽

泣いていました。その若い男は、嗚咽していました。

 嗚咽の中で、誰かの名前を叫んでいます。仲間の名前なのでしょうか。




 今週に入り、上海もだいぶ涼しくなっています。今も、アパート近くの植え込みから聞こえてくる秋虫の声が心地よく響いています。きょうも夜8時すぎに仕事を終えた僕は、いつものように自転車に乗って自宅へ向かっていました。


  もうすぐで自宅へ到着しようとする時、道路を挟んで向かいの歩道から、女性の叫び声が聞こえてきました。

 「泥棒!」と叫んで、女性は前を走るオレンジ色のTシャツを着た男を追いかけていきます。




 僕はすぐに自転車の向きを変え、オレンジ色の男が走っていった方向へ向かいました。が、200メートルほど走っていくと、他の男2人がその若い男を捕まえたようでした。警察や野次馬が次々と集まってきています。

 警察や男たちは、もう観念したオレンジ男をさらに蹴り続けていました。

 オレンジ男は、後ろ手にひね上げられ、顔を地面に押し付けられて、足で蹴り上げられるたびに嗚咽しながら、誰かの名前を叫んでいました。時々、目を辺りに向けてはその名前の人を探しているようでした。


 確かにオレンジ男は盗みをしたのかもしれません。しかし、そんなに痛みつける必要があるのでしょうか。オレンジ男の顔は犯罪者のそれではなく、頬がこけて気の弱そうな男の顔でした。


 これ以上痛めつけられ、嗚咽するオレンジ男を見るのは胸苦しく、僕は1分もたたないうちにその場を離れました。



 その場を離れ、家にたどりつく交差点で信号が青になるのを待っている時、目頭が少しだけ熱くなるのを感じていました。僕はたぶん自分に対してだけでなく、他人に対しても甘いのかもしれません。

 オレンジ男は、なぜ盗みをしたのでしょうか。僕はそれだけを考えていました。きょうが僕の給料日でした。