四十雀の囀り日記

路上をゆるりと歩いたり、時に疾走したり。2004年から中国で暮らし、16年秋に13年ぶりに帰国しました。

引越しの決め手

声は、人をよく表す。
部屋から聞こえてきた女性の声を聞いて、僕は期待した。
まだ見ぬ女性はきっと美女に違いないと、僕は期待したのだ。 
 

と、書いてあっても何のことやら分からないだろう。
その前に、

上海に来て初めて、違うアパートへ引っ越すことになった。

先週のある朝、大家が電話を寄こしてきて、「9月から近くの学校に進学する孫をあんたの部屋に住まわせたいので、来月末で出ていってほしいだけれど…」と言われた。一か月分の保証金(敷金)はちゃんと返してくれるらしい。
 
早速、休日の土曜日に部屋探しをした。
どうせなら、現在のアパートから遠くない場所がいい。上海は広い。
便利だからと、まったく見知らぬ地域に行ってしまえば、仲良しの靴屋さんにも、果物屋さんにも、露天新聞屋のおばちゃんにも会えなくなってしまう。彼らがいる場所から、離れたくないのだ。

今の部屋を以前紹介してくれた不動産の仲介業者へ行った。上海に来たばかりの1年半前より、総じて値上がりしているらしい。「いまだと2000元(約3万円)以下の部屋は内装が良くないし、あんたは見る必要もないだろう」と,丸っこい顔をした人の良さそうな仲介業者のおやじは言う。 

当初は、5つ以上は見て厳選してから決めようと思っていたが、図らずも3つ目で決めてしまった。

1つめは、今のアパートから歩いて5分と近い。窓から見下ろせる木々の緑が気持ちいい。そして部屋自体もなかなかの広さだ。が、5階までの階段を上がるのはきつすぎる。

2つめは、シャワーをひねってみたら、ちょろちょろとしか出ず、勢いが足りない。風呂好きの僕には、水回りの欠点は大きい。中年夫婦の大家が出てきて、「ぜひあなたに住んでほしい」と笑顔で言われた。中国では住む人を選ぶのだが、どうやら僕は合格したらしい。大家との関係の良さというのも重要な選択基準だ。


そして3つめ。以前、会社の同僚が住んでいたアパートの4階にあった。仲介業者と一緒に階段を上がっていくと、まだ4階へ上がりきらぬうちに、その部屋から「待ってましたよ」と若い女性の声が響いてきた。
この声はきっと美女に違いないと、僕は期待したのだ。



部屋に入って、大家の娘だという女性の顔をみるなり、僕は決めた。
どんな部屋であろうとも、この部屋にしよう。
部屋に入ると、彼女のものらしきバイオリンが置かれていた。部屋はよく見なかった。


仲介業者のおやじに「どうする?」と聞かれて、僕は一言返事で「借りる」と答えてしまった。

明日、大金を払うことと相成った。
あいかわらずの自分の浅はかさに呆れた。