四十雀の囀り日記

路上をゆるりと歩いたり、時に疾走したり。2004年から中国で暮らし、16年秋に13年ぶりに帰国しました。

ビリから3番目。

ビリじゃない。けど、いつもビリから3番目だった。


小学生の時。背の低い順に整列させられた。学校の先生なんて、ひどいことをする。2月10日の早生まれ。みんなより発達の遅れた僕は、前から3番目だった。
横の女の子の列を見れば、僕より背の低い子はひとりもいない。女の子から頭をかわいいとなでなでされた。僕は子供じゃない。実際はみんなと同じ子供だったけれど。


駆けっこも、いつもビリから3番目。クラスの中じゃない。学年でビリから3番目だった。「こいつは世界で一番ドン臭いぞ」と僕が勝手に思っていた男の子にも負けた。体育の時間が大嫌いになった。人は走らなくても生きていける。ゆっくり歩けばいいさ。


お勉強もやっぱり、ビリから3番目。先生の言うことがまったくのチンプンカンプン。宿題もぜ〜んぜんやらなかった。けれど、ビリにならなかったから不思議。ビリじゃなければいいやと思った。中学生の頃、家庭訪問に来た先生が、「○一くんほど勉強していないのはこのクラスにはひとりもいない」と怒っていたっけ。高校の頃の先生も「勉強すればどこでもいけるのに」と嘆いていた。
いつも、いつもみんなより遅れていた。ずっと後ろの方の、ビリから3番目ぐらい。
風を切って先頭を走ってみたいと思ったこともある。走れそうだと思った時もある。




でも、


ビリの方だからこそ、みえるものがある。
きっと何かみつかる。僕だけにみえるものがあるはず。


僕はあえて、ずっとそんな風に願って生きているのかもしれない。これからもずっとそんな風に生きていくのかもしれない。





この一週間で急に涼しくなった上海。秋虫の優しい声を聞きながら、新しいブログを書いてみた。

ビリから3番目。僕はいま、好位置についている。