右手の薬指
深夜、携帯電話が鳴った。
いつまでも繋いでおきたくて。
長い間、僕らは話した。
ときどきため息をつくあなたの声を聞きながら、
僕はもう二度と爪の生えてこない自分の右手の薬指をみつめていた。
古傷、
僕の右手薬指にある深い傷。
事故当時、周りを取り囲むすべての歯車が噛み合わなくなっていくのを感じていた。僕は頑なに心を閉ざしていたのかもしれない。
ほんの一瞬の出来事だった。
物をまとめていた紐が解け、バラバラになって自分の元へと落下してきてきた時、僕は慌ててそれらをつかもうとして手を伸ばし、下で動いていた機械の中に右手を突っ込んでしまったのだ。現実から意識が遠のいていくようだった。
薬指はとても直視できないほどになっていた。深夜1時。周囲には誰もおらず、左手でポケットから携帯電話を取り出し、自分で救急車を呼んだ。
事故はすべてを象徴していた。
しばらくして僕は仕事を辞めた。大切な人間関係を清算してまでして、日本を離れた。
あれから4年。
上海にやってきて、もうすぐ2年が経つ。この日記が上海で101回目になった。
おやすみと告げて電話を切った後、あの時から僕は少しは成長しているのだろうかと自問した。
「お前は昔の自分とは違う。心が開かれて、強くなっている」。そう言い聞かせるように、トイレの鏡に映った自分の顔を両手で軽く叩いた。
傷はあってもいい。
いや、むしろ傷を負ったからこそ、僕はここにいる。
今、こうしてあなたと話している。
過去が僕を追ってくるけれど、過去だけによって僕は作られない。きっと僕の夢は未来へつなげていくもの。
おやすみは、さっき言った。
考えるのはいい加減にして、もう寝よう。